来海がそうですと頷くと、空夜を見ていた朝陽の顔がまた真っ赤になる。
どうしよう……とでも言いたげに、その場で身をくねらせて悶え始めた。
「思い出した! そうそう思い出したよ! 来海ちゃん! あ、いや、来海さん、かな?」
「ふふっ。来海ちゃんのままでいいですよ?」
「ちっちゃい頃よく四人で遊んだけど……面影全然ないね。超美人さんになってるし、びっくりしちゃったよ!」
「稲穂、知り合いか?」
「えっ!? 空夜、我のこと覚えてないのか……っ!?」
今まで小躍りしていた朝陽がその場に凍り付く。
頭打ったからかなあと、空夜は後頭部をさすった。
「ところで来海ちゃん、今はどうしてるの? あのとき急にいなくなっちゃったけど、戻ってきたの?」
それは陽の姫神である我が主と月山家の盟約に従い、人間の子供を授かりに来たのだと話す来海。
「……はい?」
稲穂がちんぷんかんぷんなため、来海がこの地に伝わる神話の、月山家にのみ伝えられている神話の続きを話し始めた。
この日影町を救った陽の姫神は、実は力を使い果たしたので山に入った若い男から神気を分けて貰っていた。
その方法が交合で、神様の体内に射精することにより力を分け与えるというもの。
何度かそれを繰り返す間に、女神は若い人間の男の子供を孕んでしまう。
子を孕む喜びを覚えた神様は、日影町を守るために神気を使っては、この男と交合を繰り返していたという。
本来なら交合は力を分け与えるためのものであったが、女神はそんなことより人間の子を授かる方に夢中になり、以後も陽之影山に居座って町を守りながら、定期的に山を下りてきて子供を授かって帰って行くということを繰り返していたという。
その話が若い人間の男の一族には伝わっていて、現在でもこの一族のしきたりとなってしまっている。
「それが空夜さんのお家ですね」
女神はその子孫の代になっても二百年ごとに月山家を訪れ、子供を授かっては山に帰っていくのだという。
「陽の姫神様!? まさか、一緒に遊んでたのが神様だったなんて! 来海ちゃん!」
「我が陽の姫神じゃーーー!!」
「だって、来海ちゃんの方が神々しいし。それに朝陽、あんたただの小娘にしか見えないし」
「この! この町の守り神に向かってなんたる口の利き方!」
「まあまあ姫様。そんななりでは仕方がありませんよ」
「お前まで言うな~!」
「ふふっ。冗談はこれくらいにして、子供を授かりに来る陽の姫神様は、現在は我が主の朝陽様なのです」
来海の話に稲穂は唖然。にわかには信じられない。それに空夜が朝陽と子作りなんて……そんなのおかしい。
空夜も空夜で、信じていなかった話が本当だったみたいな展開になっているので焦る。
「ふ、ふん! 我はイヤじゃ! こんな我のこと……じゃなくて、神様を覚えておらんような頭の悪いやつの相手などするものかっ」
「相変わらず口が悪いわね朝陽。イヤなら帰ればいいじゃない!」
「この町を守ってる陽の姫神に対してその態度! 我は神様だ稲穂! お前も相変わらずだな!」
「神様っていうんなら、その力見せてみてよ」
「きぃーーーっ! もーあったまきた! 稲穂、絶対跪かせる! けちょんけちょんにしてっ、犬に変えて、我の椅子にしてくれよう!」
「やれるもんならやってみなさいよ!」
二人は構えて、激突する。
「二人の喧嘩、久しぶりに見ますよね」
神気を纏って同時に攻撃を仕掛けた朝陽と稲穂を、来海は本当に懐かしむように微笑みながら見守る。
朝陽と稲穂は幼い頃、顔を合わせれば喧嘩をしていた仲だった。
神様にしては貧弱な朝陽の神気と、人間にしては強い稲穂の神気がぶつかり合う。
お互いに突き出した拳に神気が漲り、それが重なり合って、身体ごと弾け飛ぶ。
距離ができた隙に、朝陽が神気を練り上げて炎の球を作り上げる。
「そんな魔法みたいに!? 朝陽ってほんとに神様!?」
「さっきからずっとそう言ってる!」
朝陽は手の平の上の火球を、稲穂に向かって投げつけた。
渾身の神気を両手に集中させる稲穂。
そして向かってくる炎に向かって両手を突き出し、受け止めた。
けれど炎の球の勢いは止まらない。ともすれば稲穂を押し返そうとする。
「稲穂!」
「あっ! 空夜さん危ないですよ!」
ピンチの稲穂に向かって空夜が飛び出す。
その瞬間に、これ以上炎の球を止めていられない稲穂が、横へと勢いを逃がした。
すると途端に炎の球は向きを変えて、猛スピードで空夜へと飛んでいく。
空夜も慌ててブレーキをかけたが間に合わず、火球が直撃する。
まさにそのとき、
空夜の前に光の柱が現れた。
火球はその光の柱にぶつかって、初めから存在していなかったように一瞬で相殺される。
空夜の前に現れて身を守った光の柱は、錫杖だった。
太陽を思わせる錫杖。
神話に出てくる、まさに目の前にいる陽の姫神が持っていたとされる陽の錫杖だ。
「空夜……それなに? なんで空夜が!?」
「姫様が落とした力は、空夜さんが拾ってくれてたんですね」
「な、なんで空夜が持って!? 我の力! ずっと探してた!」
「なっ、なんだこれ!?」
みんな一様に驚いていたが、中でも一番驚いていたのは空夜自身だった。
「それ返せ! 返せ空夜!」
「いや、返せって言われても……」
錫杖は役目を終えると、光の微粒子状になって空夜の身体の中へと消えていく。
「こ、こうなったら、空夜の子供でもなんでも授かってやる! だから我の力返せ!」
「う、うわぁっ!?」
「ちょっとなに言ってんのよ朝陽! 空夜から離れなさい!」
「元々力を分け与える儀式ですから、ちょうど良かったですね姫様。空夜さんから力を返して貰いながら、空夜さんの子供を孕めますし」
「わっ、私はそんなの認めない! 空夜、逃げよっ!」
「痛っ! 稲穂っ!? うおわぁあああっ!?」
「待て稲穂! 神様の邪魔をするのか!? 空夜には力を返して貰うのだっ、返せぇ~!」
「あーあ、ちょーっと計画変更ですね、姫様」
「勘弁してくれぇ~!」
神様から力を返せ(=体内に射精しろ)と追いかけられ、それを阻む幼なじみに引きずられ、今朝から酷い目に遭いっぱなしの空夜は悲痛な叫びを上げるのだった。
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