闇に染まった東京港付近の倉庫街で黒ずくめの武装集団が静かに蠢く。
彼らの身体を覆う装備には『O.C.S.A.T』と刻まれている。
Organized Crime Special Assault Team、内務省が誇る組織犯罪強襲部隊だ。
「チーム1、全員配置につきました」
集団の中で何故か軽装である女性が無線を通じて指揮本部に報告する。
魅惑的な身体のラインを強調するボディースーツ。
何かのスポーツ選手を思わせる“動き安さ重視”の出で立ち。
本作の主人公、組織犯罪強襲部隊チーム1を率いる上級捜査官、藤崎愛である。
「愛、いいわね? 今度こそ奴らの首根っこを掴みなさい」
女性の声で応答がある。
愛が尊敬する組織犯罪特捜班の班長、彼女のボスである宮村由香里である。
“奴ら”とは愛たち組織犯罪特捜班が長年追っている国際的な人身売買組織サクリファイスの事で、日本での活動の中心人物である“調教師X<エックス>”なる男の逮捕と組織の全容解明が彼女たちの長年の悲願となっていた。 |
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調教師Xがこの港の倉庫に潜伏しているという情報が持たされたのは30分前、愛が急行し部隊を展開したのは10分前のことである。
情報が正しければ、これまで巧妙に捜査の手から逃れてきた組織に初めて大きな打撃を与える事になる。
「努力します」
愛は応える。
無理難題であった。
組織犯罪強襲部隊はその名の通り、凶悪化武装化著しい組織犯罪に逮捕よりも武力による打撃で対抗しようという基本理念のもとに創設された警察内の特殊部隊である。
犯人逮捕は理想であるが、射殺よりも困難な任務となる。
それを承知の上で宮村由香里は愛に要望し、愛はそれを信頼と感じて実行に努力する。
無論、部下の命が最優先であるが。
「実行!」
愛の指令に倉庫周辺各所に配置されたチーム1の各小隊が一斉に動き出す。
「サジタリウス、狙撃<シュート>開始します」
まずは倉庫正面の入り口の見張り二人が相次いで狙撃によって倒れる。
しかし正面入り口から強襲するわけではない。
強襲作戦の基本は敵の度胆を抜くことである。
そうする事によって敵の行動は数秒遅れ、それが敵にとって命取りに、味方にとっては生還に繋がるのだ。
「爆破!」
倉庫の壁が各所で吹き飛ぶ爆音。
一般に倉庫の扉は警備上、頑丈なつくりをしているが壁にいたってはそうでもない。
最低限の爆薬で突入に必要な穴が簡単に開く。
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各小隊は事前の作戦通りに突入を開始し、愛もレオ小隊とともに突入する。
倉庫の中は堆く詰まれたダンボールの通路となっていた。
各小隊は倉庫の設計図を元に立案した各制圧ポイントへ向かって進む。
愛とレオ小隊は本丸と思しき倉庫奥の事務所の制圧である。
(静かだな……)
静まり返った倉庫内部に嫌な予感がした愛は各小隊を制止させようと思った刹那。
聞き慣れた小銃の乾いた音。
各所であがる部下の悲鳴。
「やはり待ち伏せか!?」
すると愛の目前に巨漢の男が現れる。
上半身裸という出で立ちで狭いダンボール通路を塞ぐ。
「隊長はどいつだ? ボーナス対象なんでなぁ」
巨漢の男がニヤリと笑うと同時に部下が小銃を発砲する。
火花散る。
確かに男の胸部に命中したはずの部下たちの銃弾が弾かれる音と光り。
見ると巨漢の男の皮膚に金属の鱗のようなものが浮かんでいる。
「米連の強化外殻か!?」
強化外殻とはナノマシン・テクノロジーによって生み出された所謂強化人間の能力の一種である。
ドーピングの機械化というべきだろうか———あらゆる人の生体機能をナノマシンで調整あるいは強化しようという試みが、いつしか軍事転用されて強化人間<ニュータイプ>と呼ばれる兵士を生み出した。
「ほう、こいつを知っているのか姉ちゃん?
全身防性外殻<スペシャルスケール>、それが俺の強化カラーだ」
巨漢男は激しい銃撃に物ともせず突進する。
「ええ、よく知ってるわ」
部下の銃撃を制止させた愛は巨漢男向かって疾走する。
「おほ! 女隊長さんか! 殺さずに犯してやるぜえ!」
「あら、そう」
愛の“軽装”の意味が明らかになる。
彼女の二の腕から爪先までに鉄の鱗が浮かぶ。
人体中の鉄分を体内のナノマシーンがコントロールし、表皮を鋼鉄化させたのだ。
文字通りの鉄皮である。
「うひょお! ポリ公に強化人間<ニュータイプ>がいるのかよ!
姉ちゃんの強化カラーはなんだ?
SWATの部分防性外殻<ポイントディフェンス>か?」
男の言葉を無視して、愛の鋭い鉄拳が男の腹部を強打する。
「おぐぅうううっ!!!?」
「お喋りの男は嫌いよ!」
前のめりになった巨漢の男の頭部を愛の垂直上段蹴りが襲う。
鋼鉄の蹴りである。
しかし、巨漢の男は後ろに仰け反るがダウンまでには至らない。
「はあっ!!!!」
愛のするどい連続攻撃を鋼鉄の腕で受ける巨漢男。
いくつかが巨漢男のガードをわって急所に命中するが有効打にはならない。
急所も全て鉄に覆われているのだ。
鋼鉄対鋼鉄の打撃であればものを言うのは体格差である。
「同じ鋼鉄化のニュータイプ同士、仲良くしようや!」
自分に致命にならないと判断した巨漢男が愛の攻撃をもろに受けながら間合いを一気に詰める。
崩れる愛の態勢。
巨漢男の勝ち誇った鋼鉄の豪腕が愛を襲う。
部下たちは鉄の塊に破壊される美しい上司の姿を想像して目を背ける。
しかし。
「お、おごぉ……?」
男の豪腕は愛の頭部を粉砕する寸前で制止していた。
そして愛の伸びた鉄の爪が巨漢男の鋼鉄額に突き刺さっている。
「て、鉄の爪を、の、伸ばせるのか……!?」
「私の強化カラーは部分鋼鉄化と爪の成長をコントロールする。陸自の新型よ」
攻性外殻<ストライククロウ>と名付けられた爪組織の成長をもコントロールする画期的な新型ナノマシンが愛の強化人間<ニュータイプ>としての特色<カラー>である。 |
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「そんなもんを何故、ポリ公が……」
巨漢男は絶命し崩れ落ちる。
「親のコネよ」
愛の母親、澤本美和子は元防衛省のエリート官僚であったが、警察庁と公安庁が合併されて内務省となったときに防衛省から引き抜かれ、警察組織のハイテク武装化に寄与した人物である。
その後、組織犯罪と戦う事務方のTOPとして、自身命を何度も狙われながらも戦う鉄の女として知られている。
そんな鉄の女が娘に贈ったものが攻性外殻<ストライククロウ>であった。
公に澤本美和子に娘がいることは知られておらず、苗字が異なることから複雑な家庭関係が推察できるか、
ただ、危険な任務に就く娘のために自衛軍の最新テクノロジーであるナノマシンを試験名目で投与させた事から娘への愛情は想像できた。
戦いの結末を呆然と見詰める部下たちに愛は叱咤する。
「見ての通りの罠よ。まずはこの倉庫を制圧するわよ!」
* * * *
二時間後、官庁摩天楼と呼ばれる都心の高層ビル群のひとつに愛の姿があった。
大きな会議室のモニターには一人の少女が複数の男たちに弄ばれる映像が映し出されている。
それを見詰める宮村由香里の背中に愛は話しかける。
「負傷3名、死亡はなし。倉庫にいたのは雇われの傭兵部隊でした」
「そう、また手掛かりはなしね」
愛は狂宴に耽る少女を一瞥して、
「たしか……姪御さんでしたね」 |
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「ええ、妹の娘よ」
宮村由香里の姪は確か料理番組のメインを勤めるアイドル的な子役だったと愛は記憶していた。
それが昨年、行方不明となり組織の誘拐と断定されてから半年後、突然、家に戻ってきたという。これまでの被害者同様、誘拐されていた期間の記憶は曖昧で、本人は仕事が嫌になって家出したと証言し事件は落着を見た。そしてこれまでの被害者同様、組織が運営する売春倶楽部の高級娼婦として働いている事とアングラサイトに彼女を撮影した猥褻映像がアップロードされている事がその後の捜査で判明した。
「いったいどんな事をされて、あの娘がこんな事に……」
映像の中で、少女とは思えないアヘ顔で絶頂をアピールする姪を見詰めた後、宮村由香里は愛に振り向き言葉を続ける。
「組織を壊滅させるには、彼らの手口の全容を掴むしかないと私は考えている」
「何か策があるんですね、班長」
「ええ……」
「それもとても危険な策ですね? 言ってください」
「組織に誘拐される女性には著名人が多い事は知ってるわね?」
「はい。女優から女子スポーツ選手、アイドル、グラビアアイドル
……雑誌やTVでよく見掛ける顔です。」
「ただ被害者の中には無名の女性もいるわ。女社長、女弁護士から富豪の娘や夫人まで」
「はい、でも無名の女性たちも、みな美しいという点では共通しています」
「そう、私たちは著名な女性被害者ばかりに目がいって一つ見落としていた点があるの」
「それは何ですか?」
「パーティよ」
宮村由香里は独自に“無名な被害者たち”を探った結果、彼女たちはみなパーティに参加していた事が判明したという。彼女たちが一つのパーティに参加していたという事ではないが、いずれも著名人が出席するようなセレブなパーティに。
「では、そのパーティの主催者と組織が!?」
「いいえ、それはなかったわ。
でも一つわかった事があるわ。私の推測の域を出ないけども……」
「聞かせてください!」
「組織は“客”の注文を受けて女を誘拐していると私は考えている。
パーティ会場は彼らの狩りの場なんだと思う」
「なるほど……!
つまり、私にハイエナに食いつかせる餌になれという事ですね」
愛は敬愛する班長の意図を正確に捉え、不敵な笑みを浮かべる。
「危険な任務よ」
「条件は美しい女性。班長は面が割れているので、この任務には向かない。
すると特捜班の中で条件を満たすものは私しかいません」
「ふふ、随分な自信ね」
「容姿のことですか? 任務に関してですか?」
「どちらもよ」
特捜班が誇る二人の美しい才女が握手をかわす。
愛の最も危険なおとり捜査が始まろうとしていた……! |
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