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■カーラ The Blood Lord【ストーリー】 |
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静かな夜の道を、女が行く。
まるで月の光を浴びるのが心地いいように、美しい女はゆっくりと歩いた。

「ふふ。退屈しなくて済みそうね」

女が呟いて歩みを止めると、辺りが急にざわついた。
月がかげり、闇が深まる。
人ならざる者の、獣の匂いが立ち込めた。

「久しぶりだな、ブラッド・ロード。カーラ・クロムウェル女王陛下」

闇の中から、男が一歩、進み出た。

「なッ!? グラム……伯父様!?」

女王陛下と呼ばれた女が驚くのを見て、男はにやりと不敵に笑った。
その男はグラム・デリック。吸血鬼の女王であるカーラの伯父である。

「なぜ、という顔をすることもないだろう。お前に殺され、復活しただけの話だ。
我々吸血鬼とは、そういうものだろう」

そんなはずはない。いくら吸血鬼といえども首を切られては絶命してしまう。
グラムは王家の者でありながら闇社会の権力者で、人間にとっては麻薬と同じである
吸血鬼の血を売り、人身売買などをする組織を束ねていた吸血鬼。
カーラは部下に命じて組織ごと潰した。
そのとき確かに、カーラ自らがグラムの首を切ったはず。
驚きを奥へ仕舞ってカーラは笑う。

「ふっ、それでのこのこのと、また私に首を落とされに来たのですね伯父上」
「今度はそうはいかん。護衛も連れずに愚かな」

カーラの眼前には、すでに闇の住人達が立ちはだかっていた。
20、いや30はいるか。
男達は目を爛々と赤く光らせ、よだれまで垂らさんばかりに色めき立っている。 |
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「せっかく復活したというのに、まだあんな非道な行いに手を染めるおつもりか!」
「当然だ。人の生き血を啜らずなにが吸血鬼か! 王でありながら我らの誇りすら捨てるとは恥を知れ!」

昔から争いを続けていた吸血鬼と人間。それが百年ほど前に協定を結び和解した。
協定には、吸血鬼は人から血を吸わないという内容も含まれていた。
グラムがしていることは重大な協定違反だ

「仕方がありません。退屈しのぎにその首をもう一度いただきます」
「ククク。我らが吸血鬼の女王といえど一人ではなにもできんだろう。すぐに後悔することになる。手足を引きちぎって悶え苦しむ中で犯し尽くして殺してやるぞ!」
「秩序を乱す無法者にはたとえ同族親類だろうと、女王として断固制裁あるのみ!」

数人の男達がカーラに向かって飛び出す。
女王はふっと笑う。カーラが背にしていた闇がもぞりと蠢いた。

「貫け我が眷属!」

女王の背中から数十本もの闇色の槍が飛び出る。
カーラの能力の一つである、身体の一部を霧に変えて放つ黒霧の槍だ。
それはカーラの前方にいた吸血鬼全員に向かって展開され──

「ぐあぁッ!!?」「うがぁッ!!!」

男達が串刺しになる。
だが彼らも吸血鬼。この程度では死にはしない。
カーラの手が闇に溶ける。

「食らい尽くせ我が僕!」

今度は、カーラの両腕ともが巨大な狼へと変化(へんげ)する。
がろぉぉぉぉぉンッ!!!
と咆哮を上げながら、二匹の熊のように大きい狼が串刺しになった雑魚達に襲いかかる。
悲鳴を上げる間もなく食らい付かれた男の首から上がなくなっていた。
頭を失った男達がバタバタと倒れる。
吸血鬼達は一瞬で半数になっていた。

「くっ!? なんだその力!?」

グラムも咄嗟に自身の一部を変化させて作り出した剣で槍を払い落としたが、一撃が肩を掠めていた。
そして圧倒的な女王の力の前に驚愕していた。

「これで、人の生き血を飲んでいないというのか……!?」

吸血鬼は人間と同じ食事でも生きられるが、能力が弱体化してしまう。
カーラは動物の血こそたまに飲むものの、普段は人と同じものを食べている。

「生き血を啜らずとも、自らの血肉を自在に操るくらいでなければ吸血鬼の王とは呼べません。伯父上のように弱くてはとても」

これが血を統べる者──ブラッド・ロードの力だった。
歯噛みしながらグラム達は散開する。そしてカーラを取り囲んだ。
そうして攻撃の的を絞らせないようにしてから一気に全員で攻撃を──
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「楽しいことやってるじゃないか、あたしも混ぜろよッ!!」

ブンッと何者かが重たい棒状のものをフルスイングする。
女王の後ろに回り込んでいた男の頭がなくなっていた。

「あんた吸血鬼の女王様だろ?」

煙草をくわえた美女が現れた。肩には金属バットを担いで。

「あら、あなた人間?」
「そ。神村東だ」
「神村……!? くそ! この国随一と噂されるハンターかっ!」

ハンターとは、吸血鬼を専門で狩る者達のこと。
日本は対吸血鬼の先進国と呼ばれている。
こんな対吸血鬼先進国においても、右に出る者はいないとまで噂されるほど、神村東は実力者だった。 |
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「一人でふらふらするクセはちっとも変わらないのねカーラ」
「北絵? 久しぶりね」
「北絵!?結界師の上原北絵か!?」

この日本には、世界で唯一の吸血鬼よけの結界を張る術者がいる。吸血鬼が無理に入ろうとすると消滅してしまうほど強力な。
日本が対吸血鬼先進国となったのは、この結界師の一族がいるためである。
その、世界でも随一の結界師が、上原北絵だった。
親しげに話す女王と結界師を見て、グラムは歯軋りをした。

「北絵と二人、丁度いいから雑魚は任せるわ」
「女王様ぁ話が早くていいや。おいてめぇらっ、神村東だ! 一つよろしく!」
「私の前で不貞は許しません。上原北絵、参る!」

東が金属バットを握り締めて躍り出る。
その後ろに北絵が従った。
北絵が東に蹴散らしてなど指示を出し、東はそれに従う。
東の後ろを北絵が預かる。
構えたバットに刻まれた梵字が青白い光を帯びる。破魔の光。
吸血鬼達も東の噂は知っているが、相手は人間、多人数なら大丈夫と高をくくって攻撃。
東は余裕の笑み。うちの生徒の方がまだいい攻撃をするなどと言いながらバットを振り下ろす。
一人ずつ確実に人間業とは思えない速さで、吸血鬼達の首を飛ばしていく。
タバコをくわえながらの姿に似つかわしくないくらい優雅な動き。

「じゃあ私も。伯父上、覚悟!」 |
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分が悪いと思ったか、グラムが逃げ腰になる。
そこへカーラが黒霧の槍を繰り出した。
剣で薙ぎ払うがどうしても取りこぼしが出る。
グラムの腕に無数の穴が空く。
が、槍攻撃はそれで終わりではない。
黒い霧で作られた槍は腕に突き刺さったままぐにゃりと曲がる。
鉄のように硬い棒だったものが、一瞬にして鞭状に変化。
霧の鞭はグラムの腕に巻き付き──

「まずは腕を貰います!」
「ごがぁあああああ!!!!!???」

片腕が切断されていた。血を撒き散らしながらグラムの腕が宙を舞う。
しかし血がまるで意志を持ったように形を変えて腕を掴み取り、グラムの腕をすぐさま元の場所へつなげようとした。

「再生スピードが尋常じゃないわね! ──でも、その前に!」

カーラがもう一度、黒霧の槍を放った。
今度こそ顔も心臓も串刺しにしようと肉薄するが、

「消えた!?」

グラムの姿が瞬時に掻き消えた。
あの一瞬で霧になったのだ。
カーラが咄嗟に振り向く。

「死神と呼ばれたマリカ・クリシュナを葬ったのは伊達ではないぞ! お前こそ俺の力を侮ったな! 死ねッ!!」

グラムはカーラのすぐ後ろで実体化。
そのまま千切れた腕をカーラに投げ付けた。
腕はボンッと大きな音を立てて破裂、破片がすべて短剣となって、女王に襲いかかる。
振り向くだけで精一杯のカーラ。
さらに同時に、グラムは残った片腕を巨大な剣へと変化させて女王の首に渾身の一撃を叩き込んでいた。

「とった!!」

はずだった。
なのにグラムの攻撃はカーラに届いてはいなかった。
女王の背から、蝙蝠の羽のようなものが生えていた。
それが楯となってすべて防がれてしまっていた。

「あの一瞬でそんなこと──おごぉッ!!?」

グラムの胴と足が離ればなれになる。
楯代わりにしていた蝙蝠の羽が宙に軌跡を作っていた。
「これまでよ。王家に反旗を翻し、秩序を乱した罪は重い!」
腕と下半身を失った吸血鬼は、それを取り戻そうと芋虫になったように地面を這う。 |
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「そうはさせません
」

闇夜に紛れるような褐色の美女が煙のように現れて疾走する。
周りにいたグラムの部下達が蹴散らされる。
敵の前に現れては消え現れては消え。
しかも現れた瞬間に持っていたルーン文字の描かれているチェーンソーで切りつけ、首を落とし、頭蓋を割り、心臓を解体する。
まるで美女が分身しているみたいに見える。
女の残像がグラムの部下を葬っているように見えた。
東がそれは自分の獲物だと抗議するが、美女は邪魔だからと残りを一掃してグラムに向かう。
また姿が掻き消える。

「逃しません!」
「なにィッ!!?」

瞬間移動でもしたように姿を現して、再生しようと蠢いていたグラムの下半身をあっという間にチェーンソーで切り刻む。

「マリカ・クリシュナ……!? 本当に生きていただとッ!?」 |
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