その人と初めて会った瞬間、一目で恋に落ちてしまった。
生まれて初めて好きになった人。
でも、その恋は始まると同時に終わってしまった恋。
好きになったのは――
親友のお母さんだったから!
夏休みに入ってすぐに、親友の『富士野孝行』に呼び出された。
「それで、話って何?」
「うん……あの、さ……」
「え? えぇっ!? 皐月と一緒に旅行!? 一週間も!?」
孝行の彼女でもあり僕の幼馴染でもある皐月と二人だけで旅行に行く計画を告げられてしまった。
ただ一つだけ問題が――
その問題は孝行の母親の事。
皐月と付き合っている事を快く思っていない母親に本当の事を話しても旅行を許してもらえる筈もない。
そこで、僕と一緒に旅行に行くと嘘をついたというのだ。
そして――
孝行の母親こそが……
僕の初恋の人!
『富士野清美』だった。
「頼む! 一生恩にきるから! 一緒に旅行に行ってる事にしてくれ!」
「でも、なぁ……バレたらどうするんだ? 清美おばさんすっごく怒るぞ?」
「ばれたらその時は、その時さ。出発するまでの間だけで良いから。な? 頼む」
伏し拝んでくる孝行。
「は~~ぁ、どうなっても知らないからな」
ここまで頭を下げられては、断る事も出来なかった。
大きくため息をつきながらも了承の意を示すと、
「ありがとう雄祐! このお礼はきっとするからさ!」
*
孝行の頼み事を引き受けた数日前のあの日の事が、走馬灯のように思い出される。
「雄祐くん! 孝行は雄祐君と旅行に行くって言ってたのよ!?」
「え、えっと、それは……ですね……」
「どうして……どうして孝行と旅行に行った筈の雄祐君が家に居るの? 孝行は誰と旅行に行ったの!?」
迂闊にも僕は孝行と皐月が旅行に出かけたその日に、清美おばさんとばったり出くわしてしまったのだ。
その結果、孝行がどこに行ったのかを、今、こうして問い詰められている訳だけど……。
(ど、どうしよう……どうすれば良いんだ!?)
清美おばさんに睨まれたまま、僕は言葉を無くしてしまっていた。
孝行との約束を果たす為には皐月と二人だけで旅行に行った事は黙っていなければならない。
二人とも、お土産買って来るからね~、なんて言って楽しそうに出かけたばかりだ。
どこに旅行に行っているかを告げれば、きっと清美おばさんは孝行を連れ戻そうとする。
ましてや皐月と一緒という事が分かれば……。
「孝行の携帯にも電源入っていないし……雄祐君は知ってるんでしょ? 孝行がどこにいるのか……」
「え、えっと、ですね……それは……」
「あっ!? ま、まさか……まさかとは思うけど……皐月ちゃんと……一緒なの……?」
「うっ……!?」
「そうなのね!? 二人で旅行に行ったのね!?」
「あ、あぅ……」
「雄祐~、約束通り童貞もらいにきたぞーー!」
問い詰められて窮地に陥った僕を救うように、明るい声が部屋の中に響いた。
「童貞……?」
その声を聞いた清美おばさんが、呆気に取られたように振り返る。家の中に入ってきたのは、孝行と旅行に行った幼馴染の皐月の姉『春日 美代』だった。
「あれれ? 孝行クンのお母さんの……清美さん? あぁっ、ひょっとして清美さんも雄祐の童貞を!?」
羞恥心を置き忘れてきたかのような美代姉(みよねぇ)が、部屋に居る僕と清美おばさんを見て素っ頓狂な声を上げる。
「ば、馬鹿な事言わないで下さい! か、春日さん……あの、お宅の皐月ちゃんが孝行を連れて旅行に行ってるんじゃないんですか!?」
「そうそう。二人とも楽しそうに出かけていったよ。いやぁ、若いって良いよね♪」
「なっ、か、春日さん、あなた保護者としての責任を……」
「保護者? 責任? べっつに旅行に行くくらい良いんじゃない? そ・れ・に♪」
唇に手を当てたかと思うと、美代姉がニヤリと笑う。
「二人とも今夜の事、と~っても楽しみにしてたみたいだしね♪ んふふふ~♪ 二人ともきっと今夜はムフフ♪ な事い~っぱいするんだろうなぁ」
「な、な、何を……ムフフって……何を言ってるんですか!? 二人ともまだ子供なんですよ!」
「あら、二人とももう立派な大人じゃない。んふふふ~♪」
「ど、どこに、二人はどこに行ったんですか!? 今から、連れ戻しに行ってきます」
「あれれ? どうして? 孝行クンの童貞卒業邪魔しちゃ悪いでしょ?」
「ど、童貞卒業……」
美代姉の包み隠さない言葉に、清美おばさんが卒倒してしまいそうになった。
「あ、あの、清美おばさん……」
「わ、私は孝行が雄祐くんと一緒に行くって聞いたから、旅行に行くのを許したんです! 皐月ちゃんと行くのなら許していません!」
「あらら、そうなんだ? でも、生憎と私もどこに行くかまでは聞いてないのよね~」
「なっ! そ、そんな無責任な」
「あははっ、家は無責任主義だから♪」
「信じられない……こんな、こんな事……」
美代姉を呆然と見ていた清美おばさんだったけど――
「雄祐くん!」
これ以上美代姉と話をしていても埒が明かないと判断したのか、清美おばさんが僕の方へと顔を向けてきた。
「は、はいっ!」
「教えてちょうだい。二人はどこに行ったの!? 教えてくれるわよね、雄祐くん」
怒りの中にも僕への信頼が清美おばさんの瞳に映って見える。
「え、えっと……」
「親友と幼馴染の信頼は裏切れないよね~」
「うっ……」
「春日さんっ、少し黙っていてもらえますか!」
「はい、は~い」
「え、えっと、清美おばさん……ごめん……その……絶対に言わないで欲しいって孝行にも言われてるから……」
旅行を楽しみにしていた孝行や皐月の事を考えると、その信頼を裏切る事は出来なかった。
「!!!」
清美おばさんにとって僕の返事は予想外のものだったのか、目を丸くして言葉を無くしてしまう。
「分かったわ。それじゃ……雄祐くんが教えてくれるまで、
オバサンここから動かないから」
呆然自失とした状態から立ち直った清美おばさんが、意地を張るようにそう宣言した。
「あははっ、それって面白いかも。よしっ♪ 私も今日は雄祐の家で泊まろう! 元々そのつもりだったしね♪」
「はぁーーっ!? な、何言ってるんだよ、美代姉!」
「良いじゃな~い。清美さんも泊まるんだよね~?」
「そ、そんな……泊まるなんて一言も言ってません!」
勢いで言ってしまった事が変な方向へと進んでいる。
そう感じたのか、清美おばさんが慌てたように頭を振った。
「えぇ~? でも、雄祐が二人の行き先を話すまで帰らないんじゃないの?」
「そ、それは……」
「な~んだ、軽い気持ちで言っただけなのか~。つまらないの~。それじゃ、孝行クンの事もそんなに心配じゃなかったって事か」
「そ、そんな事ありません! 私は本当に孝行が……」
「でも、どこに行ったか聞き出さないまま帰っちゃうんだよね~? やっぱり軽い気持ちだったんじゃな~い?」
「軽い気持ちなんかじゃありません。ええ、帰りませんよ……雄祐くんが話してくれるまで、帰りませんから」
退くに退けなくなったのか、清美おばさんが受けて立つとばかりに美代姉を見る。
「んふふふ~。そっか♪ それじゃ決まりだね♪ 今日は私と清美さんで雄祐の家にお泊りだ♪」
楽しみを発見した子供のように顔を輝かせる美代姉。
一方で、清美おばさんは意地を張ったままプイッと顔を背けてしまっていた。 (ど、どうなるんだ……)
何が何だか分からないうちに、清美おばさんと美代姉が泊まる事になってしまった――
終わった筈の初恋。
でも、実はまだ終わってなかった。
人妻との禁断の恋が、この日から始まるとは、この時の僕は考えもしなかった。 |