人魔の間で太古より守られてきた


“互いに不干渉”という暗黙のルールは、


人が外道に堕してからは綻びを見せはじめ、


人魔結託した犯罪組織や企業が暗躍、


時代は混沌へと凋落していった。


しかし正道を歩まんとする人々も無力ではない。


時の政府は人の身で『魔』に対抗できる


“忍のもの”たちからなる集団を組織し、


人魔外道の悪に対抗したのだ。


人は彼らを“対魔忍”と呼んだ。

新港区第6分署。


地下留置所―――


無法がまかり通る闇の


大繁華街を専門に取り締まるために


設置された6つの分署の一つ。


慣例的に男性逮捕者ばかりを


留置するための大部屋へ、


警官に連行されたひとりの少女が登場。

「入れ!」

警官に突き出される形で


大部屋に入れられる少女。


重い金属音。


鉄板と鉄格子で出来た扉が閉められ

「せいぜい楽しんでくれ」

と警官は捨て台詞を残しニヤニヤしながら去る。


大部屋にいた凶悪そうな男たちは下卑た歓声をあげ、


好色そうな視線で少女を迎える。

「おいおい。いったい何をしたんだお嬢さん」


「こんな所にお嬢さんひとりだと危ないよ〜ヒヒヒ」


「署長からの俺たちへの差し入れか?」


「まったく粋なことをしやがるぜ!!!」

いったい少女は警官に何をしたというのだろうか。


余りに残酷な仕打ちである。


普通の少女であれば貞操と


生命の危機に泣き叫ぶに違いない。


しかしこの少女はまるで意に介さない様子で


超然と大部屋の奥へ歩みを進める。


大部屋の危険な住人たちはじりじりと


少女を取り囲み始める。


しかし手は出さない。


行動には一定の秩序を感じさせる。

「よく来たな女ァ」

秩序の正体が少女の前に立ちはだかる。


巨体のオークだ。


魔界の住人たちの多くが人間界に潜み、


犯罪に手を染め、あるいは犯罪組織の走狗となっている。


オークはその中でも比較的良く知られる邪悪な亜人種のひとつだ。


オークは好色で知られ、どんな種族相手でも


人型の女であれば妊娠させる事が出来ると有名である。

「俺はビグ。このあたりの顔役だ」


「……………」

牢屋の中なのにビグの手には


凶悪そうなサバイバルナイフが握られている。


ビグは好色そうな視線でナイフの切っ先とともに


女の肢体を舐めまわす様に観察しながら、

「お前、腕っ節が強いんだってなあ?


女の癖に警官どもを随分可愛がったって言うじゃねえか。


だからお前はここに招待されたってわけだ。分かるか?」


「この留置所がお前のアジトってわけね?」


「そうだ。ここの分署は俺の支配下にある」


「ふーん」


「姉ちゃん、随分と肝っ玉が座ってるな? 気に入ったぜ。


特別に寛大な選択肢をやるぜ。


ここで死ぬか、俺のチンポしゃぶって


俺の配下に加わるかだ」


「ひとついいかしら?」


「なんだ?」


「マヌケな警官どもが私を捕まえるなんて無理よ」


「なんだと!?」

ビグの護衛らしい屈強そうなオークたちが


少女の言葉に反応し、少女を取り囲む。


さらにその外を大部屋の住人たちが野次馬となって囲む。

「俺に会うためにワザと捕まったって言いたいのか!?」


「お前のシマはこの私、井河アサギがいただく」


「クヒヒビッ!!! 正気か糞アマッ!?」


「ここで死ぬか、私の配下に加わるか、どっち?」


「いいか? お前の刑がたった今決まった。


ダルマ転がしの刑だ。


生意気なお前の手足をちょんぎってよォ、


芋虫のようにしてやるぜ。


ああ心配するな?


手足を斬り落としても傷口を焼いちまえば、


しばらくは生きている。


たっぷりここの全員で犯しまくって


二周三周はできるくらいにはなァ」

ビグの言葉に大部屋の邪悪な住人たちは歓声をあげる。


そしてビグが監視カメラに向かって


右手をあげた瞬間、突然照明が落ちる。

「やれッ!!!!」

オークは夜目が効く。


圧倒的優位の中でビグの命令一下、


オークたちがアサギに襲い掛かる。


アサギがすっと上段蹴りのポーズをとったかと思うと、

「対魔殺法“刀脚”」

アサギは目にも止まらぬ高速蹴りのラッシュが炸裂、


オークたちは顎や鼻、頭部や腕、


胴体にダメージを受けてて吹っ飛ぶ。


アサギは次はお前だと言わんばかりに


ビグに視線を向ける。


ビグはその視線の発する


ただならぬ殺気に一瞬で戦意喪失。

「て、てめえ何者っ…ぐべえええッ!!?」

また目に見えぬ一撃にビグの巨体は宙に浮き、


不幸な野次馬たちを派手に巻き込んで床に沈む。


鼻を完全に折られ肋骨は何本も折られているビグ。


一瞬で。

「対魔忍」


「た、対魔忍…っ!? あ、あの政府の…!?」


「それはただの政府の犬よ。


私は本物。人魔外道の悪を滅するもの」

まさに信じられない怪異に野次馬たちも震えあがり、


アサギから出来るだけ距離を取ろうと恐慌状態。


アサギはビグにさらに攻撃せんと


ゆっくりと近付いて行く。

「ま、までっ!? 何が望みだ!?


あ、アサギとやら話し合おうじゃねえか!?」


「はあ?」

ガッ!!!

容赦ないスタンプキックがビグの股間を撃つ。


ビグは急所をやられ無様に悶絶。

「“アサギ様”でしょ?」

文字通りの意味に震え上がりビグは土下座して、

「は、はひぃッ! 良い子なりますっ!


あ、アサギ様! りょ、了解でさあッ!」


「ビグ。私がお前に求めるのは


“情報屋”としての役割だけ。分かる?」


「へ、へい!!! 何でも聞いてくだせい!!!!」


「私の役に立つ間は生かしてあげるわ」


「か、感謝します!!!


姉御にはどんな情報も格安でお売りしまっ…


ギャアアアッ!!!?」

アサギの容赦ない蹴りがビグの鳩尾に入り、肋骨をまとめて砕く。

「私からお金を取る気?」


「むむ無料でずうううう!


当然、タダで何でも教えまずううううう!!!!」


「良かった♪ ねえ、“カオス・アリーナ”はどこにあるの?」


「か、カオス・アリーナッ!?


そんな場所、し、知り…へびょおおおッ!!?」

アサギのスタンプキックがビグの顔面にめり込む。

「魔に与するセレブたちが集まる闇の闘技場。


お前が知らないとは言わせないわよ?」


「も、もぢろん名前ば知ってまぶぅッ!


で、でもですね姉御、あ、あれは相当やばい連中が集まるイベントでじで、


か、開催場所ば毎回ずげえトップ・シークレットでじで………」


「警察署の中の留置所がアジトとは考えたわねビグ」


「へ、へい! お、お褒めいただき光栄でず……」


「お前に会うために随分苦労させられたわ。わかるでしょう?


これ以上、私をいらつかせない事よ。これは最後の警告」


「ほんと知らねえんでずっ! ど、どうかじんじっ―――!!?」

さらにビグの股間を蹴り上げるアサギ。


何かが潰れる感触と同時にビグは失神する。

「良い子にならないと潰すって言ったわよね?


まあ、良いわ。今度ゆっくり話し合いましょうビグ。


それまでもう“片方”は残しておいてあげる」

すると照明が回復し、

「おい女! 手をあげろッ!!!」


「動くなッ! 少しでも動いてみろ! 撃ち殺すぞッ!!!」

どこかでアサギとビグの様子を見ていたのか、


拳銃を抜いた警官が4人登場し、


鉄格子越しにアサギを狙っている。


中には小銃まで持ち出している警官もいる。

「…………」

アサギは無言のまま、銃を構える警官に近づいて行く。


警官の一人が発砲、腕が悪すぎたようでアサギの近くにいた


チンピラに銃弾が命中し、


脳漿を撒き散らしながら崩れ落ちる。

「構わん! 撃ち殺せ!!!」

警官たちが一斉に銃撃しようとしたところで、

「そこまでだ!!!!」

今度は高級そうなスーツ姿の初老の男が登場。


彼は身分証を見せながら


警官たちに銃を捨てるように命令する。


男の身分証には『山本信繁』の名と


『内務省公共安全庁の紋章』が見える。

「公安が何の用だ!?」


「お前たちには後でたっぷり事情を聞かせてもらう。


死にたくなければ銃を捨てて投降しろ」


「ど、どうする!?」


「公安のじじいは一人だぞ!?」


「女とじじいをやればいい!」


「俺がまずじじいを殺るッ!!!」

小銃を持つリーダー格らしい警官が山本を狙う。


すると小銃警官の足元から突然“手”が映える。


それは小銃警官の足首を掴むと彼はバランスを崩し、


あらぬ方向へ銃撃が逸れ、檻の中の囚人が頭や胸、


足などを撃ち抜かれバタバタと崩れ落ちる。

「さくら、排除しろ」


「合点承知〜〜ッ!」

“影から生えた手”は親指をピンと立てて


山本の命に呼応すると、


その場から影が広がり男たちの足元を飲み込むと―

「影遁の術“影鰐”」

さくらは武装警官たちが立つ合間を滑り


フィギュアスケートのように滑り抜け、


それと同時に影の海から飛び出した影鰐(影の鮫)が


武装警官たちに食らいつき切り裂く。


山本は表情一つ変えずにさくらに問う。

「署の制圧は?」


「クリアだよ。むっちゃんが抵抗する悪徳警官を次々と♪」


「よろしい」

そして山本は鉄格子越しにアサギの前に立つ。

「内務省公共安全庁、調査第三部 部長、山本だ」


「噂はいろいろ聞いてるわ」


「にゃはは♪ お姉ちゃん〜」

さくらはアサギにそう言って手をふる。

「君には常々会いたいと思っていた」


「妹がいつもお世話になってるわね」


「さくら君はまだ五車学園の学生だが実に優秀な対魔忍だ」


「そう、良かったわ」

山本はひとつ咳払いし続ける。

「今後激化する闇の勢力との戦いにおいてアサギ、君の力が必要だ」


「断る」


「にべもなく、だな」


「対魔忍になる気はないわ」

アサギはさくらを睨みながらそう答える。


さくらはアサギの反対を押し切り対魔忍となるため


五車学園に入学した経緯があるのだ。

「聞け。対魔忍は今や昔の対魔忍ではない。父君の事なら…」


「黙れ!!!」

初めてアサギに表れる大きな感情の動き。


アサギの怒りの視線が山本を射抜く。


常人なら身を強張らせるだろう迫力であるが、


山本はまったく動じた様子はない。


後ろでさくらが「ひぃい」と小さな悲鳴をあげて


姉の不機嫌に対して警告を発している。


「この国を覆い尽くすほどの勢いの悪に一人で挑むつもりか?」


「政府の犬が正義を語るつもり?」


「よく考えろ。敵は権力にまで邪悪な地下茎を伸ばし、


あらゆる手段でお前を殺しに掛かるだろう。


現に今、我々が助けに来なければ、この檻の中に


閉じ込められたまま、お前は死んでいた」


「そうかしら?」


ガゴン。

アサギはすっと指先で檻に触れるとまるで鋭い刃で


切断されたような断面を残して鉄格子が次々と床に倒れて行く。

「なッ!!? どうやって……」


「さすがお姉ちゃん♪ あれはお姉ちゃんの……」


「さくら! 余計な事は言わない」


「はーい」

そしてアサギは山本の横を通り過ぎながら

「助けは必要ない」


「対魔忍となれ! 井河アサギ!」


「次、邪魔したら殺すわよ。おっさん」

そう捨て台詞を残してアサギは去るのだった。